人生を変える街、パリ
イェオ・シュウ・フーンがこよなく愛す思い出の街、「ラ・ヴィラ・ルミエール」

場所によっては、人生さえも変えてしまう力があるものだと思う。
ごく最近、私はドン・ジョージにインタービューをした。「ロンリー・プラネッツ・ガイド・トゥー・トラベル・ライティング(旅行記作家のための地球一人歩き)」の著者だ。パリにいた頃の話を聞かせてくれたのだが、その頃、ジョージは、教授になるのか詩人になるのか進路を決めていなくて、パリに行けば何かアイデアが湧くと思ったのだそうだ。
「パリが私の人生を変えてくれたのだ」と、彼は言った。彼はそこで決心をして、パリの教室で教鞭をとるようになり、その傍らで旅行をするようになった。「物書きが大好きなので、両方を一緒にできないかと思ったのさ。」という訳だ。
場所によっては、人生さえも変えてしまう力があるものだと思う。パリはそんな街だ。例え何度訪れたとしても、決して飽きたりはしない。独特の街の雰囲気に囲まれて決して驚きというものを失うことがない。そこに横たわる建物や、公園、セーヌ川、カフェ、そしてもちろん、初めて訪れた時からなにげなく感じとることができる街の本質だ。そう、パリは愛とロマンスの街なのだ。
私が初めてパリを訪れたのは、80年代の前半に学校を卒業したての頃だ。旅行はもう最初から、まったく新しい世界との遭遇の連続だった。初めて訪れる旅行者が行くところへはすべて行った。セーヌ川クルーズや、ルーブル美術館、ベルサイユ宮殿、エッフェルタワー、シャンゼリゼ大通り、ノートルダム寺院、モンマルトルだ。まあ実は、テルトル広場では、スリに合ってしまった。モンマルトルにある芸術家の集まる広場だ。思うにこれも良い経験になった。世の中には善玉と悪玉がいるものだということを知り、それから旅行をする時には用心深くなったものだ。
前回の訪問では、フランスに初めて訪れる6人の友人たちと一緒に旅行をした。友人たちの目からパリの街を眺めることで、私がなぜパリに恋に落ちたのか、その理由を思い出すことができた。パリは歩いて散策するのに良い街だ。エッフェル塔の雄大な眺めが楽しめるシャングリ・ラ ホテル パリは、そんな散策を始めるのにぴったりな場所だ。乗り降り自由のバスツアーも利用した。なんと素敵な思い出になったことだろうか。カフェで街行く人の姿(8月だったので、ほとんどのパリジャンはホリデー旅行に出かけていて、街に残っているのは観光客ばかりだった)を眺めるのだ。
ムーラン・ルージュのチケットも買った。パリのエンターテイメントで一番有名なスポットだ。しかし街を行くパリっ子に尋ねると、きっと、誰もが行ったことがないと答えるに違いない。ショーは、とてもスペクタキュラスで豪華で楽しかった。初めて行った頃よりも大きく、より大胆な彩りだったが、何も変わらない部分もわずかに残っていた。それはキャン キャン ダンスだ。
ラ・ヴァレにあるアウトレットへも半日かけてショッピングに出かけた。ツアーバスは、ブランド品が良く売れる2大マーケットのアジアや中近東からの観光客で一杯だった。パリで1つ変わってしまったことがある。それは、特にアジアから観光客にとってより便利な場所になったという感覚だ。相手が若い世代の人なら英語がどこででも通じるようになったし、たくさんの店に中国語を話せる店員がいるのだ。
そんなある日、私は友人たちとは別行動でマレ地区に久しぶりに訪れてみた。街で大好きな場所の1つだ。ボージュ広場のベンチに座ってストリートライブに耳を傾けたり、シェークスピア&カンパニーで買った本を読んだりして過ごした。ここにはパリにくるたびに立ち寄る。ここに訪れるのは、ドン・ジョージも私も共通だ。
「その本屋さんが大好きなんですよ。何時間でも居てしまいます。」と彼は言っていた。旅行記事のライターをしていて何が一番良い点か彼に尋ねたら、彼はこう答えてくれた、「驚きの感覚というものを失うことがない点だよ。」
ジョージと同様に、パリも私の人生を変えてくれているのだろうか。彼が言っているような部類の話ではないかも知れないが、私の中にあった何かの可能性を開花させてくれたに違いない。それは驚きの感覚と言うものかも知れない。私を旅行記作家という人生に導いてくれたのだ。パリにはそのことにお礼を言いたい。「メルシー・ボク(ありがとう)」。